認知症と相続対策 〜元気なうちにできること〜
近年、「親が認知症になってしまった」「遺言書を作っていなかったので相続で揉めている」といったご相談が非常に増えています。高齢化が進む日本において、認知症と相続問題は、どのご家庭にも起こりうる身近な問題です。今回は、「認知症と相続対策」という視点から、元気なうちにどのような備えができるのか、具体的な対策とともにご紹介します。
認知症になると遺言書は作れない?〜意思能力の重要性〜
まず大前提として、遺言書を作成するには「意思能力」が必要です。意思能力とは、「自分のしていることの意味や結果を理解して判断できる能力」のことをいいます。つまり、たとえ遺言書が形式的に正しくても、作成時点で意思能力がなければ、その遺言書は無効になる可能性があるのです。
認知症が進行すると、この意思能力が失われることがあります。遺言書を作成しようと考えていたが、「気づいたときには認知症が進行していた」というケースも少なくありません。後になって、遺言の有効性をめぐって相続人同士が争うという事態も十分にあり得ます。
したがって、「元気なうちに」遺言書を作成しておくことが何よりも重要です。少しでも不安がある場合は、公証役場で作成する「公正証書遺言」を選ぶことで、より安全性が高まります。公証人が本人の意思能力を確認するため、後日のトラブルを防止できます。
成年後見制度の活用とその限界
認知症になった場合の法的保護制度として、「成年後見制度」があります。家庭裁判所を通じて後見人を選任し、本人の財産管理や契約行為などを代わりに行ってもらう制度です。たしかに、判断能力が低下した人を守るという意味では有効な制度ですが、相続対策の観点からは注意が必要です。
成年後見制度には、以下のような制約があります。
- 財産の「保全」が主な目的であり、「資産の活用」や「相続税対策」などは原則としてできない
- 後見人は、相続人間の公平性を保つ必要があり、生前贈与などの偏った処理が難しい
- 一度開始すると、本人が亡くなるまで継続されるため、費用や手間がかかる
そのため、「親が認知症になってからでも何とか相続対策ができるのでは?」と考えて成年後見制度を使おうとすると、思ったような柔軟な対応ができずに困ってしまうことが多いのです。
家族信託を活用した相続対策の実例
そこで近年注目されているのが、「家族信託(民事信託)」という制度です。これは、本人が元気なうちに、財産の管理や運用・処分を信頼できる家族(受託者)に任せておく仕組みです。
例えば、次のようなケースがあります。
■事例:80代の父親が不動産を複数所有。軽度の認知症が始まっており、将来の相続に備えたい。
→ 父親が長男と信託契約を結び、長男が不動産を管理・売却できるようにしておいた。
→ 認知症が進行しても、長男の判断で財産を適切に運用できるようになった。
→ 相続時には、その収益をもとに他の相続人に公平な分割ができた。
このように、家族信託を活用すれば、認知症発症後でもスムーズな資産管理や相続準備が可能になります。家族信託には柔軟性があり、財産を「どのように管理し、誰に渡すか」という本人の意思を事前に形にすることができます。
ただし、信託契約書の内容が複雑になる場合が多いため、契約書の専門家(行政書士・弁護士など)と一緒に設計することが非常に重要です。
「備えあれば憂いなし」〜元気なうちに始める相続対策〜
相続対策は、「そのうちやればいい」と先延ばしにされがちですが、認知症のリスクを考えると一日でも早く取り組むべき課題です。特に以下のような方は、早期の対策が効果的です。
- 高齢の親がいるご家庭
- 財産に不動産が多い
- 相続人同士の関係に不安がある
- 子どもがいない、もしくは再婚家庭である
元気なうちに遺言書を作成する。
家族信託を活用して柔軟な財産管理を設計する。
成年後見制度の特徴も理解しておく。
これらの対策を講じることで、将来の相続トラブルを防ぎ、家族の安心につながります。
まとめ
認知症と相続問題は、今後ますます社会の大きな課題となっていきます。
「親が元気なうちにできること」を知っておくことで、後悔のない相続対策が可能になります。
「うちはまだ大丈夫」と思わずに、少しでも気になったら専門家に相談してみてください。
それが、あなたとご家族の未来を守る第一歩です。